モラルキャピタリズムの実現へ
- 今回の金融危機や景気後退の波が押し寄せたことは、昨今の資本主義社会やグローバリゼーションの考えがまるでなにか悪霊にでもとりつかれたかのようにことごとく負の方向へと世界経済を導き、この20年来市場を牽引してきたメカニズムが大きく崩壊したことを如実に物語っています。
1990年代初頭にソビエト連邦の解体によって共産主義が崩壊して以来、永続しうる唯一の経済体制として資本主義は賛美を浴び続けてきました。しかし、その後の展開は様々な企業不祥事や貧困問題、地球温暖化、水問題、テロ事件の頻発といった未曾有のジレンマへと世界を陥れ、特に冷戦後唯一の超大国として資本主義の恩恵を受けてきた米国が今や存亡の危機ともいえる苦境に立たされています。
そのような状況を受け、資本主義というもののあり方について問い直そうという論調が顕著になってきました。
米国において、これまでもっとも安易かつ上手に金を稼ぐための方程式として、『資本主義(市場規模拡大路線)=自由主義(規制緩和)+市場中心主義(投機)』という考え方が多くの人々から支持を受けてきました。しかし、この仕組みの前提であるはずの「信頼」というものに対する人々の意識がどんどんと希薄化していき、このことが今日の「市場の崩壊」へとつながったのです。であるからこそ、現在資本主義の真価についての議論がなされていますが、一方でその議論だけでは、きわめて深刻な状況へと向かっている景気後退に対する明確な解決策を見いだし得ないというのが実情といえます。
現状において考えられる解決策としては、一つに現状の景気後退を単に行き過ぎた市場メカニズムの調整局面にすぎないとした上で、公共投資や公的資金の市場投入といった従来行われてきた景気刺激策を活用することでいずれ回復過程に入っていくという考え方を挙げることができるでしょう。しかしこれは単に現在のようないわば嵐の状況を乗り切るために行うものであり、結果としてこれまでのような自由放任型の経済システムを温存することにつながる、小手先の手段でしかないでしょう。
その一方で、こういう考え方もできるのではないでしょうか。
今回の景気後退は、金への偶像崇拝によってもたらされた災厄であり、この災いを取り除くためにはより抜本的な解決策が必要です。そしてその解決策を図るためには公共投資や公的資金投入といった一過性の手段を講ずるのではなく、30年、50年先の社会や世界のあり方や、日本が果たすべき役割とは何かを念頭に置くことが求められます。政府はその役割に基づいて、新たな顧客や市場の創造や、技術やサービスの革新をもたらすための必要な施策を行うべきです。
また、その実行に際しては、かつてのニューディール政策に代表される、これまでのような中流層を念頭に置いた景気浮揚ではなく、この10年来進行している貧富の差の拡大を食い止めるべく、低所得者層の経済力向上につながるようなプログラム作りも肝要です。そして、これらの制度設計においては、資本主義経済が目指すべき方向性とは何かということを念頭に置いて作業を進める必要があるのです。
私たちCRTでは、企業や経済界全体に対して資本主義が目指すべき方向性として、モラル・キャピタリズム(道義的資本主義)という考え方を掲げ、活動を行っています。多くの経済学に関する教科書では、企業の目的は利潤の極大化であると言及していますが、それだけの説明では得てして大きな勘違いを植え付けてしまうこととなってしまいます。
ここで常に忘れてはならないことは、企業が社会全体を配慮しながら、自社の利益を持続的に追求できるような経営体制をいかに経営者が構築できるかということです。この考え方は決して経営者のみに留まらず、前述した政府の政策策定の段階においても同様なのです。つまり、世界や社会の情勢を考慮しながら国家国民の持続的発展を目指すためにどのような策を採ることが必要かを政治家や官僚は常に念頭に置いておく必要があります。
そして、そういった施策を検討し、実行していく人物には、基本的な道義性(モラル)について明確な軸や基準を持ち、意思決定できる能力を持ち合わせていなければなりません。
企業がビジネスを行うということは、必ず他者との相互作用によってそれが可能になるのであって、他人に望まれて初めて商売が成立し成功を確かなものにできると定義づけることができます。そして、このことこそが、今多くの企業がその概念を取り入れ、そしてCRTの「企業の行動指針」を策定する際にとても重要な役割を果たした「共生」という理念に結びついてくるのではないでしょうか。自分自身のニーズや選択というものは、往々にして他人のニーズや選択と様々な場面で結びつくものなのです。
※参考図書:CSR経営―モラル・キャピタリズム(Amazon.com)